香雪園のいわれ

コウセツエンンノイワレ

hako061

■碑文

(表)
香雪園のいわれ

香雪園は函館市の素封家岩船峯次郎氏(屋号久〆一・キュウシメイチ)が1901年ごろより造園に着手したのが始まりでその後1920年ごろ京都の庭師辻地月を招き、約三年を要して石材は道南一帯から、樹木の大半は本州から運んで造成し、いらい親子三代にわたり私財を投じて完成した純日本式庭園である。当時の知恩院貫主により、〝雪の中に梅香る園〟の意で香雪園と名づけられた。
岩船家が市民慰楽のためにこの名園を設置された偉業を讃え、この碑を建てる。
函館市

(裏)
昭和46年3月

■解説

碑文の書は岩船清三郎氏による。

■参考文献

「いしぶみ」(函館市役所土木部公園緑地課 1983年)、「見晴公園」(函館市役所土木部公園緑地課 1986年)

大エリア 函館市
小エリア 東央部地区
所在地北海道函館市見晴町56(見晴公園内)
制作時代 昭和
主題時代 明治, 大正
カテゴリ 碑・像