旧北海道庁函館支庁庁舎(北海道指定有形文化財)

キュウホッカイドウチョウハコダテシチョウチョウシャ

■観光説明板

旧北海道庁函館支庁庁舎は、明治42年(1909年)に建てられ、公園造成と合わせて昭和57年(1982年)に修復整備されたものです。特徴のひとつに柱廊玄関があり、2階に張り出した屋根が柱頭飾り(コリント式)と中央部に膨らみのある(エンタシス風)巨大な4本の柱で支えられています。
明治末期の函館を伝えるこの洋風建築物は、北海道開拓の歴史上価値が高いことから、昭和60年(1985年)北海道有形文化財に指定されています。
現在は、1を元町観光案内所として利用し、2階は「写真歴史館」として“北海道写真発祥の地 函館”の歴史を伝える貴重な写真機器や資料を展示しています。
また、ここ元町公園は、江戸時代には松前藩の藩所や箱館奉行所が、明治維新後は開拓使函館出張所や函館県庁函館区役所等が置かれ、常に行政府の中心となっていたところです。

函館市

THE HOKKAIDO PREFECTURAL GOVERNMENT’S OLD BRANCH OFFICE IN HAKODATE (Designated by Hokkaido as a Tangible Cultural Asset)

The Hokkaido Prefectural Government’s Old Branch Office in Hakodate was built in 1909 and was restored in 1982 together with the construction of an adjacent park.One of its main features is a portico;the two-story roof is supported by four huge column capitals (Corinthian order) and pillars which bulge slightly in the middle (Entasis-style).
This Western-style structure is highly valued as it shows the Hakodate of the late Meiji period as well as attesting to the history of Hokkaido colonization.Because of its historical significance,the Hokkaido Government designated it as a tangible cultural asset in 1985.
Today,its first floor serves as a Motomachi tourist information office,and the second floor is open to the public as a “Hakodate City Museum of photograph history”,where valuable photography epuipment and documents are displayed to show Hakodate’s history as an early hub of photography in Hokkaido.

The City of Hakodate

■やさしい日本語

旧北海道庁函館市庁(きゅうほっかいどうちょうはこだてしちょう)の @ 庁舎(ちょうしゃ) [ 政治(せいじ)をする 場所(ばしょ)]は、1909 年(ねん)にできました。1982年(ねん)に 直(なお)して、 今(いま)の 形(かたち)になりました。この 建物(たてもの)には、 柱頭飾(ちゅうとうかざ)り[ 柱(はしら)の 上(うえ)についている 飾(かざ)り](コリント 式(しき))があります。また、まん 中(なか)が 大(おお)きくなっている(エンタシス 風(ふう))とても 大(おお)きな4 本(ほん)の 柱(はしら)が、2 階(かい)にはり 出(だ)した @ 屋根(やね) [ 建物(たてもの)の 上(うえ)]を 支(ささ)えています。これを 柱廊玄関(ちゅうろうげんかん)といいます。
この 西洋(せいよう)のような 建物(たてもの)から 明治(めいじ)[1868 年(ねん)から1912 年(ねん)ころ]の 函館(はこだて)が 分(わ)かります。また、 北海道(ほっかいどう)の 歴史(れきし)においてとても 大切(たいせつ)であるため、1985 年(ねん)に @ 北海道有形文化財(ほっかいどうゆうけいぶんかざい) [ 北海道(ほっかいどう)の 文化(ぶんか)を 伝(つた)える 大切(たいせつ)なもの] になりました。
今(いま)は、1 階(かい)を @ 元町(もとまち) [ 場所(ばしょ)の 名前(なまえ)。 函館(はこだて)にある 町(まち)。この 建物(たてもの)があるところ]の 旅行(りょこう)を 案内(あんない)するところとして 使(つか)っています。2 階(かい)は「 写真歴史館(しゃしんれきしかん)」として 使(つか)っています。” 北海道(ほっかいどう)の 写真(しゃしん)が 始(はじ)まった 場所(ばしょ) 函館(はこだて) “の 歴史(れきし)がわかる 大切(たいせつ)な 写真(しゃしん)の 道具(どうぐ)や 資料(しりょう)[ 歴史(れきし)がわかる 紙(かみ)]を 見(み)ることができます。
また、ここ 元町公園(もとまちこうえん)は、@ 江戸時代(えどじだい) [1603 年(ねん)から1868 年(ねん)ころ]には @ 松前藩(まつまえはん) [ 北海道(ほっかいどう)にあった 集(あつ)まり]の @ 藩所(ばんしょ) [ 政治(せいじ)を 行(おこな)うところ]や @ 箱館奉行所(はこだてぶぎょうしょ) [ 函館(はこだて)の 政治(せいじ)をするところ]がありました。 明治(めいじ)になると @ 開拓使函館出張所(かいたくしはこだてしゅっちょうじょ) [ 北海道(ほっかいどう)を 住(す)めるようにするための 役所(やくしょ)]や @ 函館県庁函館区役所(はこだてけんちょうはこだてくやくしょ) [ 函館(はこだて)を 管理(かんり)していたところ]などができました。 元町公園(もとまちこうえん)は 長(なが)いあいだ、 政治(せいじ)をするための 大切(たいせつ)な 場所(ばしょ)になっていました。